グランドラピッズ (ミシガン州)
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グランドラピッズ(Grand Rapids)は、アメリカ合衆国ミシガン州ロウアー半島の西部に位置する都市。人口は197,800人(2000年国勢調査)。都市圏には774,084人、ミシガン湖岸のマスケゴンを含む広域都市圏には1,320,487人の人口を抱える。デトロイトに次ぐミシガン州第2の都市で、西ミシガン地域の中心都市である。また、ケント郡の郡庁所在地でもある。グランドラピッズは家具産業で知られ、「家具の街」と呼ばれている。
グランドラピッズは第38代大統領ジェラルド・R・フォードゆかりの街である。フォードはグランドラピッズで少年期を過ごし、ベティ・ブルーマーと出会った。2006年の暮れに死去したフォードはグランドラピッズの大統領博物館の敷地内に埋葬されている。グランドラピッズの玄関口となる空港、ジェラルド・R・フォード国際空港はフォードにちなんで名付けられた。
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[編集] 歴史
2,000年以上前、グランド川流域一帯には古代のアメリカ先住民の文化であるホープウェル文化が栄えていた。1700年頃、ネイティブ・アメリカンのオタワ族はグランド川沿いにいくつもの村を創った。この地にヨーロッパ人が入植し始めたのは19世紀に入ったあたりであった。初期の入植者は主に毛皮の取引商であった。彼らはネイティブ・アメリカンから毛皮を買い、ヨーロッパから持ち込んだ金属製品や織物を売るという取引を行っていたため、必然的にオタワ族の村の近くに入植地を建設して住んでいた。西ミシガンに最初の毛皮取引所を創設したのはジョセフ・マデリーンのラ・フランボワーズ夫妻であった。夫妻の建てた取引所は現在のエイダの近くにあった。1806年に夫が死去した後、マデリーン・ラ・フランボワーズは最初の取引所の西と北にも新たな取引所を創設し、事業を拡大した。その後フランボワーズの会社とアメリカ毛皮会社は合併した。フランボワーズは41歳で退職し、西ミシガンを離れてマキナック島に移り住んだ。
1825年、ケンタッキー州出身のバプテスト教会の宣教師、イサク・マッコイが布教のためにグランドラピッズを訪れた。マッコイはグランドラピッズ最初の定住者となった。翌1826年にはデトロイト出身のルイス・キャンポーがグランド川の急流の東岸に取引所を建設した。キャンポーは一旦デトロイトに帰ったが、その翌年に妻を連れ、5,000ドルの商品を持ってこの地に舞い戻り、地元のネイティブ・アメリカンと取引を始めた。1831年、連邦によるノースウェスト準州の調査がグランド川の河岸まで進み、ケント郡の領域が定められた。郡名はニューヨークの弁護士ジェームズ・ケントにちなんでつけられた。同年、キャンポーは現在のグランドラピッズのダウンタウンにあたる291,000m²の土地を連邦政府から90ドルで購入し、「グランド川の急流」を意味するグランドラピッズという名をつけた。 キャンポーのライバルであったルシアス・リヨンは残りの土地を購入し、ケント村と名づけた。
1830年代に入ると、グランドラピッズ一帯にはニューヨークやニューイングランドから人が移り住んでくるようになった。1836年には、ジョン・ボールはデトロイトを通り越してグランドラピッズに発展の可能性を見出し、この地をthe promised land, or at least the most promising one for my operations(将来を約束された地、少なくとも、私の手がけた中では最も将来性のある地)と評した。1838年には正式な村となり、村域も東西・南北それぞれ約1km程度に広がった。1845年に初めて正式な統計が取られたときには、グランドラピッズの人口は1,510人を数え、村域も4km²に広がっていた。1850年5月1日には市制を施行した。市制施行時の人口は2,686人であった。1857年には、グランドラピッズの市域は27km²に広がった。
[編集] 家具の街
現在のグランドラピッズの街の基礎が築かれたのは19世紀後半に入ってからであった。この頃、グランドラピッズは製材業と家具産業の中心地として栄えていくようになり、Furniture City(家具の街)と呼ばれるようになった。1876年にフィラデルフィアで開かれた国際展示会では、グランドラピッズは高品質な家具を生産する街として世界中にその名を知らしめた。また、この頃に始まった全米家具市は1960年代に至るまで75年間にわたって開かれていた。現在では事務用家具の生産が中心になっている。また、19世紀にはこの地にオランダ系の移民が大量に移入してきた。現在グランドラピッズに多く住むオランダ系住民の多くは、この頃に移入してきた移民の子孫である。
交通網も確立されていった。1867年にはグランドラピッズに鉄道が敷かれた。このグランドラピッズ・アンド・インディアナ鉄道はその数十年にわたって路線を拡大し、グランドラピッズを中心にしてマスケゴンや北ミシガンのトラバースシティ、マッキノーシティへ、南へはカラマズーを経てインディアナ州に入りフォートウェインへ、さらに南下してシンシナティへと通じた。またシカゴへ通じる路線も敷かれた。1926年にはスタウト航空(Stout Air Services)による、全米最初の航空機の定期旅客便がグランドラピッズとデトロイトを結んだ。
1900年にはグランドラピッズの人口は87,565人を数えた。1916年、市はミシガン州法のホーム・ルール・チャーターを受け入れ、全米でも最初の部類に入るシティー・マネージャー制を採用した。現在でもグランドラピッズの市政はシティー・マネージャー制が採られている。
[編集] 地理
グランドラピッズは北緯42度57分40秒西経85度39分20秒に位置している。市の中心部をグランド川が流れている。かつてはこの付近は急流であったことことから、「グランド川の急流」を意味するグランドラピッズという市名がついた。市の標高は186mである。ミシガン湖の湖岸線からは約50km離れている。州都ランシングからは西北西へ約100km、デトロイトからは西北西へ約250kmに位置している。西ミシガン地域のもうひとつの主要都市であるカラマズーはグランドラピッズから南へ約80kmに位置している。
ワシントンD.C.やアルバカーキなどと同様、グランドラピッズはNE(Northeast)、NW(Northwest)、SE(Southeast)、SW(Southwest)の4つの区域に分けられている。これらの区域名は住所の一部にもなっている。南北はフルトン・ストリート(Fulton Street)を境に、東西はディビジョン・アベニュー(Division Avenue)を境にそれぞれ分けられている。
アメリカ合衆国統計局によると、グランドラピッズ市は総面積117.4km²(45.3mi²)である。このうち115.6km²(44.6mi²)が陸地で1.8km²(0.7mi²)が水域である。総面積の1.50%が水域となっている。市の水域のほとんどはグランド川である。
[編集] 政治
グランドラピッズはアメリカ合衆国下院のミシガン第3選挙区の中心都市である。1949年から1973年にかけては、後に第40代副大統領、そして第38代大統領となるジェラルド・R・フォードが同選挙区選出の下院議員であった。フォードは2006年12月26日にカリフォルニア州パームスプリングスの自宅で死去し、2007年1月3日にグランドラピッズの大統領博物館敷地内に葬られた。
グランドラピッズとその周辺は伝統的に共和党が強い。しかし、グランドラピッズの保守的な評判とは裏腹に、市民は共和党の中道派と民主党の保守派を選ぶ傾向がある。2000年と2004年の大統領選挙では、グランドラピッズ市単体では民主党のアル・ゴアとジョン・ケリーの得票がそれぞれ民主党のジョージ・W・ブッシュの得票を上回った。
[編集] 市政
ミシガン州法に基づき、グランドラピッズは1916年にシティー・マネージャー制を採用した。この制度により、グランドラピッズの市政の責任は選出された委員と雇われたシティー・マネージャーとに分けられる。委員は3つの地区からそれぞれ2名ずつが選出され、任期は4年である。各地区2名のうち1名は2年ごとに改選となる。これはちょうど日本の参議院の「3年ごとに半数改選」のルールに似ている。市長は委員会の長を務め、任期は委員と同じ4年である。委員の選挙は奇数年に行われる。委員会は条例の制定やシティー・マネージャーおよびその他公職員の採用に責任を負う[1]。
[編集] 経済
グランドラピッズは長きにわたって家具産業で栄えた街であった。家具のほかには自動車産業も盛んであった。 しかし、グランドラピッズの工業都市としての地位が低下するにつれて、家具・自動車いずれの産業も斜陽への道を下っていった。事務用家具の大手であるアメリカン・シーティング社(American Seating)やスチールケース社(Steelcase)はともにグランドラピッズに本社を置いている。
工業に代わってグランドラピッズの産業の中心となってきているのは健康科学分野である。市内にはがんの研究所として創設されたバン・アンデル研究所(Van Andel Research Institute)や、グランドバレー州立大学のクック=デボス医療訓練施設(Cook-De Vos Medical Training Facility)がある。ミシガン州立大学の医学大学院を誘致する計画もある(後述)。
デボス・プレイス・コンベンションセンター(DeVos Place Convention Center)が完成してからは、コンベンションビジネスも興りつつある。ミシガン商業銀行(Mercantile Bank of Michigan)もグランドラピッズに本店を置いている。またグランドラピッズ東郊のエイダにはアムウェイが本社を置いている。
[編集] 教育
グランドラピッズの近郊にはグランドバレー州立大学とフェリス州立大学が本部を置き、グランドラピッズ市内にも分校を置いている。また、キリスト教系のリベラル・アーツ・カレッジ3校が市内にキャンパスを構えている。そのほか、ダウンタウンをはじめ、市内および周辺の各所にグランドラピッズコミュニティカレッジ(Grand Rapids Community College)があり、市民に高等教育の機会を広げている。
グランドラピッズのK-12課程はグランドラピッズ公立学区(Grand Rapids Public Schools)に支えられている。同学区の運営する公立学校のほか、チャーター・スクールもいくつかある。
2006年現在、グランドラピッズにミシガン州立大学の医学大学院を誘致する計画が進められている[2]。誘致が計画されているミシガン州立大学西ミシガン医学大学院はミシガン州立大学の2番目の4年制医学大学院となる予定で、イーストランシングの本校を補完する役割を果たすことになる。 同大学院の施設はグランドラピッズのダウンタウンに建てられる予定である。
[編集] 文化
[編集] 芸術とイベント
1969年にアレクサンダー・カルダーがバンデンバーグ・プラザ(Vandenburg Plaza)に「ラ・グランデ・ビテス」(La Grande Vitesse)というスタビル(抽象彫刻)を制作してから、グランドラピッズのダウンタウンでは毎年芸術祭が開かれている。地元住民はこの芸術祭を単にFestival(祭り)と呼ぶ。6月最初の週末、バンデンバーグ・プラザ周辺の道路は通行止めとなり、フリーコンサートや芸術実演・販売など、芸術に関連したイベントが執り行われる[3]。主催者側は全米最大のボランティアによる芸術祭、と謳っている。このほかバンデンバーグ・プラザでは、夏季期間中いくつもの民族祭が開かれる。
グランドラピッズの夏は労働者の日の週の週末、セレブレーション・オン・ザ・グランド(Celebration on the Grand)を以って終わる。同イベントでもフリーコンサートが行われるほか、西ミシガン最大の花火大会が行われ、出店も出る。セレブレーション・オン・ザ・グランドの運営は全てボランティアによってまかなわれている。運営資金は企業からの後援や個人の寄付によって集められている。またボランティアスタッフの販売による収益も運営資金にあてられる。
1973年、グランドラピッズのメイン・ストリート・アメリカではSculpture off the Pedestal(歩道の外の彫刻)と題したイベントが開かれた。世界的に有名な13人の芸術家を集めて行われたこのイベントは、その名の通り道のわきに彫刻を制作・展示したものである。同イベントは国の芸術支援協会による資金面での支援や州の芸術局による教育面での支援を取り付けると共に、個人レベル、企業レベル、業界レベルでの協力も得た。各種イベントの収益も運営資金にあてられた。ボランティアによる運営や地元住民による芸術家への宿の提供などは、このイベントが地域に密着して行われたことをうかがわせるものであった。
[編集] 名所
グランドラピッズのダウンタウンに位置するローザ・パークス・サークル(Rosa Parks Circle)は、南部における公民権運動の引き金となったモンゴメリーバスボイコット事件で知られるローザ・パークスにちなんで名づけられている。周囲にはアムウェイ・グランド・プラザ・ホテルやデボス・プレイス・コンベンションセンター、多目的屋内競技場であるバン・アンデル・アリーナが建っている。この3つの建物はスカイウェイ(Skyway)と呼ばれる屋内連絡通路でつながっている。冬には、ローザ・パークス・サークルにはアイススケートのリンクが設けられる。
市内を流れるグランド川には魚道や遊歩道が設置されている。また、川沿いにはホープウェル族が土葬を行った塚が並んでいる。また、市の西側には動物園を有するジョン・ボール・パークがある。市の北東にはグランドラピッズの街並みを見下ろすベルクナップ・ヒルの丘が連なっている。
グランドラピッズは西ミシガンの文化の中心でもあり、博物館・美術館も数多く建つ。1854年に開館したバン・アンデル・ミュージアム・センター(グランドラピッズ公立博物館)は全米でも最古の部類に入る博物館のひとつである。同館はグランドラピッズとその周辺地域の歴史に関する展示物を常設展示しているほか、イベントとして世界のさまざまな歴史的展示物を展示している。また同館はプラネタリウムも併設している。同館は1994年にグランド川西岸の現位置に建てられた。ジェラルド・R・フォード大統領博物館はダウンタウンの北西部に建っている。他の大統領博物館とは異なり、ジェラルド・R・フォード大統領博物館は大統領図書館を併設していない。ジェラルド・R・フォード大統領図書館はアナーバーにあるジェラルド・R・フォードの母校、ミシガン大学のキャンパス内に建てられている。大統領博物館の敷地内には2006年末にカリフォルニア州パームスプリングスの自宅で死去したフォードが埋葬されている。同じくダウンタウンに立地する都市現代美術館(Urban Institute for Contemporary Arts)は、美術作品を展示するのみならず、映画館を併設し、さらに塑像製作スタジオも併設している。グランドラピッズ美術館は2004年半ばから新しい、より大きな施設を建設している。新しい美術館はローザ・パークス・サークルに隣接する立地で、2007年夏に完成する予定である[4]。
ダウンタウンの東に位置するヘリテージ・ヒル地区には1,000軒を超えるビクトリア調の歴史的建造物が建ち並んでいる。中でも有名なのは、フランク・ロイド・ライトが1908年に設計した地元商人メイヤー・メイの家である。メイの家は1980年代にスチールケース社によって修復され、無料の博物館になっている。ヘリテージ・ヒル地区よりさらに東には、グランドラピッズを代表する歴史的建築物のひとつであるウェルシー・ストリート・シアターがある。
[編集] メディア
グランドラピッズで購読されている日刊紙はグランドラピッズ・プレス(Grand Rapids Press)である。コミュニティのニュースに特化したアドバンス(Advance)という週刊紙群もある。このほか、ジェミニ出版社[5]がニッチ的な市場を押さえており、グランドラピッズ・ビジネス・ジャーナル(Grand Rapids Business Journal、[6])、グランドラピッズ・マガジン(Grand Rapids Magazine、[7])、グランドラピッズ・ファミリー(Grand Rapids Family、[8])、ミシガン・ブルー(Michigan Blue、[9])など週刊・季刊・年刊の出版物を出している。
ラピッド・グルース(Rapid Growth、[10])は週刊のオンライン雑誌で、グランドラピッズの成長や投資についての記事や地域のガイドを載せている。GRナウ(GRNow、[11])はレストラン、イベント、エンターテイメント情報に特化している。
グランドラピッズには主要テレビ局が支局を置いており、ミシガン州ではデトロイトに次ぐ規模の市場を形成している。このほか、地域密着型の独立系のテレビ局もいくつかある。また、グランドラピッズ・カラマズー・バトルクリークを中心とするエリアには、AM5局、FM40局のラジオ局がある。
[編集] 交通
グランドラピッズの玄関口となる空港はダウンタウンの南東約12kmに位置するジェラルド・R・フォード国際空港(IATA: GRR)である。同空港には主要5社(アメリカン航空・ユナイテッド航空・コンチネンタル航空・ノースウェスト航空・デルタ航空)のほか、ミッドウェスト航空も就航しており、各航空会社のハブ空港からの便がある。
ダウンタウンの東で州間高速道路I-196がI-96本線から枝分かれし、ダウンタウンを東西に貫いている。I-96本線はダウンタウンの北を通り、ミシガン湖岸の町マスケゴンへと通じている。一方、I-196はダウンタウンを過ぎると南西へ、さらにミシガン湖沿いに南へと進路を変え、ベントンハーバーでI-94に合流してシカゴへと通ずる。グランドラピッズより東では、I-96は東南東へランシングやデトロイトへと通じており、州の大動脈としての役割を果たしている。また、ダウンタウンを南北に縦断する高速道路規格の国道131号線はカラマズーへ通じている。これらの高速道路上にはグレイハウンドや提携会社の中長距離バスが走っている。また、市内にはアムトラックの駅もあり、シカゴからの中距離列車、ペレ・マーケット号の終点となっている。このペレ・マーケット号は、シカゴからミシガン州に出ている、ミシガン線(Michigan Services)と呼ばれる3本の中距離列車のうち最も短いもので、シカゴ・グランドラピッズ間283kmを約4時間かけて走る。ペレ・マーケット号はシカゴ行、グランドラピッズ行それぞれ1日1本ずつ運行されている。
市内の公共交通はインターアーバン交通パートナーシップ(Interurban Transit Partnership)、通称ザ・ラピッド(The Rapid)によって運営されている路線バスによってまかなわれている。ザ・ラピッドはグランドラピッズ市内のみならず、インターアーバンの名が示す通り隣接する郊外都市やグランドバレー州立大学などにもバスを走らせている。また、ダウンタウンにはDASHと呼ばれるバスも走っている。これはDowntown Area SHuttleの略である。このバスは市内の駐車場とダウンタウンの各所を結んで走っている。
[編集] 人口動勢
| グランドラピッズ市 年代ごとの人口推移 | |
| 1850年 | 2,686人 |
| 1860年 | 8,085人 |
| 1870年 | 16,507人 |
| 1880年 | 32,016人 |
| 1890年 | 60,278人 |
| 1900年 | 87,565人 |
| 1910年 | 112,571人 |
| 1920年 | 137,634人 |
| 1930年 | 168,592人 |
| 1940年 | 164,292人 |
| 1950年 | 176,515人 |
| 1960年 | 177,313人 |
| 1970年 | 197,649人 |
| 1980年 | 181,843人 |
| 1990年 | 189,126人 |
| 2000年 | 197,800人 |
| 2005年(推計) | 193,780人 |
基礎データ
- 人口: 197,800人
- 世帯数: 73,217世帯
- 家族数: 44,369家族
- 人口密度: 1,710.8人/km²(4,431.2人/mi²)
- 住居数: 77,960軒
- 住居密度: 674.3軒/km²(1,746.5軒/mi²)
人種別人口構成
- 白人: 67.30%(非ヒスパニック: 62.5%)
- アフリカン・アメリカン: 20.41%
- ネイティブ・アメリカン: 0.74%
- アジア人: 1.62%
- 太平洋諸島系: 0.12%
- その他の人種: 6.63%
- 混血: 3.19%
- ヒスパニック・ラテン系: 13.05%
市の総人口の10.5%はアメリカ合衆国外の生まれである。また、市にはオランダ系の住民が多い。
年齢別人口構成
- 18歳未満: 27.0%
- 18-24歳: 13.1%
- 25-44歳: 31.5%
- 45-64歳: 16.7%
- 65歳以上: 11.6%
- 年齢の中央値: 30歳
- 性比(女性100人あたり男性の人口)
- 総人口: 95.8
- 18歳以上: 92.5
世帯と家族(対世帯数)
- 18歳未満の子供がいる: 32.0%
- 結婚・同居している夫婦: 40.3%
- 未婚・離婚・死別女性が世帯主: 15.8%
- 非家族世帯: 39.4%
- 単身世帯: 30.8%
- 65歳以上の老人1人暮らし: 10.0%
- 平均構成人数
- 世帯: 2.57人
- 家族: 3.24人
収入と家計
- 収入の中央値
- 世帯: 37,224米ドル
- 家族: 44,224米ドル
- 性別
- 男性: 33,050米ドル
- 女性: 26,382米ドル
- 人口1人あたり収入: 17,661米ドル
- 貧困線以下
- 対人口: 15.7%
- 対家族数: 11.9%
- 18歳未満: 19.4%
- 65歳以上: 10.4%
[編集] 姉妹都市
グランドラピッズは以下4都市と姉妹都市提携を結んでいる。
また、グランドラピッズはメキシコのザポパンとの提携を目指し、協議を進めている。
[編集] 外部リンク
- Official Website of the City of Grand Rapids, Michigan(英語版)
- Convention and Visitors Bureau(英語版)
- Downtown Grand Rapids(英語版)
- Cook-De Vos Center for Health Sciences(英語版)
- Van Andel Research Institute(英語版)
- Grand Rapids Public Library(英語版)
- Grand Rapids Art Museum(英語版)
- Gerald R. Ford Museum(英語版)
- Public Museum of Grand Rapids(英語版)
- Frederik Meijer Gardens and Sculpture Park(英語版)
- Sculpture Grand Rapids(英語版)
- The Urban Institute for Contemporary Arts(英語版)
- Grand Rapids Pundit(英語版)
- GRNow(英語版)
- Rapid Growth Media(英語版)
- G-RAD(英語版)
- Media Mouse(英語版)
- Grand Rapids Historical Commission's Online Grand Rapids History Archive(英語版)
- Live Grand Rapids Police Scanner(英語版)
- Grand Valley State University(英語版)
- Grand Rapids Polish Heritage Society(英語版)
- City-Data.com - Grand Rapids, Michigan(英語版)
- Grand Rapids, MI(Yahoo!Map地図)

