グランドスラム (テニス)
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| テニス4大大会 |
| 全豪オープン |
| 全仏オープン |
| ウィンブルドン |
| 全米オープン |
テニスにおけるグランドスラムとは、世界4大大会である全豪オープン、全仏オープン、ウィンブルドン、全米オープンを1年のうちにすべて制覇することをいう。
テニスにおいて年間グランドスラムを最初に達成した選手は、1938年のドン・バッジ(アメリカ、1915年 - 2000年)である。これはゴルフにおいてボビー・ジョーンズ(1902年 - 1971年)が1930年に達成した自らの偉業を「グランドスラム」と命名してから8年後のことであった。女子で最初の年間グランドスラムを達成した選手は、1953年のモーリーン・コノリー(アメリカ、1934年 - 1969年)である。
[編集] 年間グランドスラム達成者
[男子シングルス]
[女子シングルス]
- モーリーン・コノリー (アメリカ、1953年)
- マーガレット・スミス・コート (オーストラリア、1970年)
- シュテフィ・グラフ (ドイツ、1988年)-同年に「ゴールデン・スラム」達成
[男子ダブルス]
- フランク・セッジマン・ケン・マグレガー (ともにオーストラリア、1951年)
[女子ダブルス]
- マルチナ・ナブラチロワ・パム・シュライバー (ともにアメリカ、1984年)
[混合ダブルス]
- ケン・フレッチャー・マーガレット・スミス (ともにオーストラリア、1963年)
男子シングルスのロッド・レーバーは、男女を通じて「2度」年間グランドスラムを達成したただ1人の選手である。女子シングルスのシュテフィ・グラフは、1988年のソウル五輪金メダルも獲得したことから「ゴールデン・スラム」(Golden Slam)という新語が造られた。ゴールデン・スラムが成立するためには、年間グランドスラムをオリンピアード(オリンピック開催年)に達成し、同時に五輪の金メダルを獲得しなければならない。
また、マーガレット・スミス・コート夫人は女子シングルスと混合ダブルスで年間グランドスラムを達成したが、1963年の混合ダブルスは独身時代のものであるため「マーガレット・スミス」と記載した。1970年の女子シングルスは結婚後の達成である。「2部門」で年間グランドスラムを達成した選手は、コート夫人1人だけである。
[編集] ほかの連勝記録
4大大会に4連勝(以上)を挙げたものの、2年間にまたがるため“年間”グランドスラムとはみなされない連勝記録を持つ選手もいる。
- マルチナ・ナブラチロワ (1983年ウィンブルドン - 1984年全米オープンまで6連勝)
- この時代、全豪オープンは現在とは異なる12月年末開催であり、年間最初の4大大会が5月末からの全仏オープンであった。ナブラチロワは1984年12月の全豪オープン準決勝で敗れ、この年の年間グランドスラムを逃してしまった。
- シュテフィ・グラフ (1993年全仏オープン - 1994年全豪オープンまで4連勝)
- グラフは1988年の年間グランドスラムがあるため、この連勝記録は彼女の経歴中ではあまり話題にのぼらない。
- セリーナ・ウィリアムズ (2002年全仏オープン - 2003年全豪オープンまで4連勝)
- S・ウィリアムズは前述のグラフ以来となるこの記録を「セリーナ・スラム」と自ら命名した。
[編集] キャリア・グランドスラム
選手生活の間に、すべての4大タイトルを獲得することを「キャリア・グランドスラム」という。ゴルフと同様の用法である。上述の連勝記録を持つ人を除く、以下の選手の記録は(4大大会初優勝の年 → キャリア4冠を獲得した年)のように記述する。男女ダブルス・混合ダブルスについては「同一ペアで4冠達成」を記述する。
[男子シングルス]
[女子シングルス]
- ドリス・ハート (アメリカ、1949年 → 1954年)
- シャーリー・フライ (アメリカ、1951年 → 1957年)
- ビリー・ジーン・キング (アメリカ、1966年 → 1972年)
- クリス・エバート (アメリカ、1974年 → 1982年)
- ドリス・ハートは女子シングルス・女子ダブルス・混合ダブルスの3部門すべてにキャリア・グランドスラムを達成した。これを「ボックス・セット」(Boxed Set)という。
[男子ダブルス]
- ケン・ローズウォール・ルー・ホード (ともにオーストラリア、1953年 → 1956年)
- ロイ・エマーソン・ニール・フレーザー (ともにオーストラリア、1959年 → 1962年)
- ジョン・ニューカム・トニー・ローチ (ともにオーストラリア、1965年 → 1967年)
- マーク・ウッドフォード・トッド・ウッドブリッジ (ともにオーストラリア、1992年 → 2000年)
- ヤッコ・エルティン・ポール・ハーフース (ともにオランダ、1994年 → 1998年)
- ボブ・ブライアン・マイク・ブライアン (ともにアメリカ、2003年 → 2006年)
[女子ダブルス]
- キャシー・ジョーダン・アン・スミス (ともにアメリカ、1980年 → 1981年)
- ジジ・フェルナンデス(プエルトリコ)・ナターシャ・ズベレワ(ベラルーシ) (1992年 → 1993年)
- ビーナス・ウィリアムズ・セリーナ・ウィリアムズ (ともにアメリカ、1999年 → 2001年)
[混合ダブルス]
テニスの歴史に残る名選手にも、4大大会のあるタイトルがどうしても獲得できなかった人が多い。とりわけクレー(赤土)の全仏オープンと芝生のウィンブルドンで宿願を果たせなかった選手を記述する。
- 全仏オープンを取れなかった選手:フランク・セッジマン、アシュレー・クーパー、アーサー・アッシュ、ジョン・ニューカム、ジミー・コナーズ、ボリス・ベッカー、ステファン・エドベリ、ピート・サンプラス、バージニア・ウェードなど (現役選手ではマルチナ・ヒンギス、リンゼイ・ダベンポート、ロジャー・フェデラーもいる)
- ウィンブルドンを取れなかった選手:ケン・ローズウォール、ギレルモ・ビラス、イワン・レンドル、マッツ・ビランデル、ハナ・マンドリコワ、モニカ・セレシュなど (現役選手ではジュスティーヌ・エナンもいる)
[編集] 関連項目

