キツネ
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アカギツネ(キタキツネ) Vulpes vulpes schrencki | ||||||||||||||||||||
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種(キツネ属) | ||||||||||||||||||||
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キツネ(狐)は、哺乳綱 ネコ目(食肉目) イヌ科 キツネ亜科 キツネ属 に属する動物の総称である。ただし、実際には日本に生息するキツネ属の唯一の種であり、その世界的な代表種でもあるアカギツネを特に指していうことが多い。
本州・四国・九州に分布するホンドギツネ、北海道に分布するキタキツネは、共にアカギツネの亜種である。以下、生物種としての(狭義の)「キツネ」(=アカギツネ)については、「アカギツネ」の項を参照。
また、広義には、「キツネ」の呼称はキツネ属の動物のほか、これらと形態または生態の似ている、キツネ亜科のホッキョクギツネ属、オオミミギツネ属、ハイイロギツネ属、さらにイヌ亜科のカニクイイヌ属、フォークランドオオカミ属、クルペオギツネ属まで含めた動物群の総称となる。
分類的にはイヌ科に属する動物ではあるものの、群れではなく単独で狩りをするなど、習性においては、イヌよりむしろネコに近い部分がある。
日本では、キツネは人を化かすいたずら好きの動物と考えられたり、それとは逆に、稲荷神という神の使いとして信仰されたりしている。また、キツネは特に油揚げを好むという伝承にちなみ、稲荷神を祭る神社では、油揚げや稲荷寿司などが供え物とされることがある。ここから、「きつねうどん」「きつねそば」などの「きつね」という言葉は、その食品に油揚げが入っていることを示す。
目次 |
[編集] 日本の説話の中のキツネ
キツネ(狐)が霊獣として伝えられる歴史は非常に古く、『日本霊異記』に、すでにキツネの話が記されている。美濃大野郡の男が広野で1人の美女に出会い、結ばれて子をなすが、女はキツネの化けた姿で、犬に正体を悟られて野に帰ってしまう。しかし男はキツネに、「なんじ我を忘れたか、子までなせし仲ではないか、来つ寝(来て寝よ)」と言った。キツネはかつては「野干(やかん)」と呼ばれたが、そこから「きつね」という語ができた、とする。
キツネは、人間との婚姻譚において語られることが多く、後に『葛の葉』、『信太妻(しのだづま)』を経、古浄瑠璃『信田妻(しのだづま)』において、異類婚姻によって生まれた子の超越的能力というモティーフが、稀代の陰陽師、安倍晴明の出生となって完成される。
キツネは、蜘蛛、蛇などと同じく大和朝廷側から見た被差別民であったという見方もある。彼らは、大和朝廷が勢力を伸ばす段階で先住の地を追われた人々であり、人ではない者として動物の名称で呼ばれたという見方である。彼らが、害をもたらす存在として扱われる場合、それは朝廷側の、自分たちが追い出した異民族が復讐してくるのではという恐怖心の現れであると考えられる。また、動物が不思議な能力(特殊能力)を持つというのは、異民族が持つ特殊な技術を暗に意味している場合がある。この考え方に沿えば、異類婚姻は、それらの人々との婚姻を意味することになる。
キツネの子が神秘的能力をもつというのは、稲荷の神の使いとして親しまれてきたキツネが、元来は農耕神として信仰され、豊穣や富のシンボルであったことに由来するものである。狐婚姻の類話には、正体を知られて別れたキツネの女が、農繁期に帰ってきて田仕事で夫を助けると、稲がよく実るようになったという話がある。また江戸の王子では、大晦日の夜、関八州のキツネが集い、無数の狐火が飛んだというが、里人はその動きで豊作の吉凶を占ったと伝えられており、落語「王子の狐」のモチーフとなっている。
人間を助ける役割を果たすキツネの側面は、かつてキツネが、農耕神信仰において重要な役割を果たしていたことの名残りであるといえ、江戸大窪百人町など、郊外にある野原に出没する特定のキツネは名前をつけて呼ばれ、人間を化かすが、災害や変事を報らせることもあった。
岐阜県の老狐「ヤジロウギツネ」は、僧に化けて、高潔な人物の人柄を賞揚したという。群馬県の「コウアンギツネ」もこの類で、 白頭の翁となり、自ら128歳と述べ、常に仏説で人を教諭し、吉凶禍福や将来を予言した。千葉県飯高壇林の境内に住みついた「デンパチギツネ」も、若者に化けて勉学に勤しんでいる。 その他、静岡県の「オタケギツネ」は、大勢の人々に出す膳が足りない場合にお願いに行くと、膳をそろえてくれるといわれていた。岩手県九戸のアラズマイ平に棲む白狐は、村の子どもと仲がよく、一緒に遊んでいたという。また、鳥取県の御城山に祭られている「キョウゾウボウギツネ」は、城に仕え、江戸との間を2、3日で往復したと伝えられている。
宝暦3年(1753年)8月、江戸の八丁堀本多家に、日暮れから諸道具を運び込み、九ツ前、提灯数十ばかりに前後数十人の守護を連れた鋲打ちの女乗物が、本多家の門をくぐった。5、6千石の婚礼の体であったが、本多家の人は誰も知らなかったという。このような「キツネノヨメイリ」には必ずにわか雨が降るとされるが、やはりこれも降雨を司る農業神の性質であろう。
しかし、農耕信仰がすたれるにつれ、キツネが狡猾者として登場することも多くなり、『今昔物語』でも「高陽川の狐、女と変じて馬の尻に乗りし語」では、夕に若い女に化けたキツネが、馬に乗った人に声をかけて乗せてもらうが、4、5町ばかり行ったところでキツネになって「こうこう」と鳴いたとある。『行脚怪談袋』には、僧が団子を喰おうとするキツネを杖で打ったら、翌日そのキツネが大名行列に化けて仕返しをしたという話がある。ほかにも『太平百物語』に、京都伏見の穀物問屋へ女がやって来て、桶を預けていった。ところがその桶の中から、大坂真田山のキツネと名乗る大入道が現われて、この家の者が日ごろ自分の住まいに小便をして汚すと苦情を述べた。そこで主人は入道に詫びて、3日間赤飯と油ものをキツネのすみかの穴に供えて許しを乞うたという。
また、得体の知れない燐を「狐火」と呼び、「狐に化かされた」として、説明のつかない不思議な現象一般をキツネの仕業とすることも多かった。 しかし、化けるにしろ報復譚にしろ、キツネの話はどこかユーモラスで、悪なる存在というよりは、むしろトリックスター的な性格が強い。
キツネにまつわる俗信には、日暮れに新しい草履(ぞうり)をはくとキツネに化かされるというものがあり、かなり広い地域で信じられていた。下駄はもちろん靴でも、新しいはきものは必ず朝におろさなければならないとされ、夕方、新品をはかねばならないときは、裏底に灰か墨をぬらねばならないといわれている。
キツネは女に化けることが多いとされるが、これはキツネが陰陽五行思想において土行、特に八卦では「艮」に割り当てられることから陰気の獣であるとされ、後世になって「狐は女に化けて陽の存在である男に近づくものである」という認識が定着してしまったためと考えられる。また、キツネが化けた女はよく見ると、闇夜でも着物の柄がはっきり見えるといわれていた。その化けっぷりは、人間はもちろん、月や日、妖怪、石、木、電信柱、灯籠、馬やネコ、家、汽車のほか、雨(狐の嫁入り)や雪のような自然現象を起こす等、実にバリエーションに富んでいる。
キツネに化かされないためには、眉に唾をつけるとよいというが、これは、キツネに化かされるのは眉毛の数を読まれるからだと信じられていたためである。真偽の疑わしいものを「眉唾物(まゆつばもの)」というゆえんである。
キツネにもさまざまな種類があり、住む場所、妖力によって「地狐」、「空狐」、「天狐」等に分類される。長崎五島列島でいう「テンコー(天狐)」は、 憑いた者に神通力を与えるが、これに反して「ジコー(地狐)」の方はたわいのないものといわれる。さらに、絶大な妖力をもつものとして三国伝来金毛玉面九尾が存在し、『山海経』では、「その状は、狐の如くで九つの尾、その声は嬰児の様、よく人を喰う。食った者は邪気に襲われぬ」という。特に謡曲『玉藻前』に語られた金毛の九尾狐が有名で、天竺摩伽多国では華陽夫人となって斑足太子を惑わせ、中国では夏の妹妃、殷の妲己、周の褒似となって国を滅ぼした後、「玉藻前(たまものまえ)」となって鳥羽上皇の寵愛を受け、本朝を滅ぼそうとするが、陰陽師・安倍泰成(安倍泰親、あるいは安倍晴明とも)によって正体を見破られ、那須野原で退治される。しかしその妖力は衰えず、謡曲『殺生石』では、その怨霊は殺生石となって、触れるものの命を奪っていたが、僧玄翁が、焼香、説法をして殺生石を教化した。石を砕く鎚「玄翁(げんのう)」 は、 この玄翁の名に由来するとされる。
狐信仰の変種であり、日本独自の現象として、「狐憑き(きつねつき)」が存在する。狸、蛇、犬神憑きなどに比べシェアが広く、全国的に見られ、かつ根強い。狐憑きは、精神薄弱者や暗示にかかりやすい女性たちの間に多く見られる発作性、ヒステリー性精神病と説明され、実際に自らキツネとなって、さまざまなことを口走ったり、動作をしたりするという話が、平安時代ごろから文献に述べられている。行者や神職などが、「松葉いぶし」や、キツネの恐れる犬に全身をなめさせるといった方法で、キツネを落とす呪術を行っていた。
狐憑きで有名なものは、長篠を中心に語り伝えられる「おとら狐」で、「長篠のおとら狐」とか「長篠の御城狐」などと呼ばれていた。おとら狐は、病人や、時には健康な人にも憑くことがあって、憑いた人の口を借りて長篠の合戦の物語を語る。櫓(やぐら)に上がって合戦を見物しているときに、流れ弾に当たって左目を失明し、その後左足を狙撃されたため、おとら狐にとり憑かれた人は、左の目から目やにを出して、左足の痛みを訴えるという。
狐憑きのバリエーションとして、「狐持ち」という現象があり、キツネの霊を駆使して術を使うと信じられる家系がある。「飯綱(いづな、イイズナ)使い」と呼ぶ地方もあり、管狐(くだぎつね)や、オサキ、ニンコを操ると信じられていた。これらの狐霊は、人に憑いて憎む相手を病気にしたり、呪いをかけたりすることができると信じられ、現在でもなお、忌み嫌われている地方がある。
[編集] 研究
ロシアの神経細胞学者リュドミラ・ニコラエブナ・トルットは、ロシア科学アカデミーの遺伝学者ベリャーエフと共に、キツネの人為選択による訓馳化実験を行った。100頭あまりのキツネを掛け合わせ、もっとも人間になつく個体を選択して配合を繰り返すことで、わずか40世代でイヌのようにしっぽを振り、人間になつく個体を生み出すことに成功した。同時に、耳が丸くなるなど飼い犬のような形質を発現することも観察された。これはなつきやすさという性質が、(自然、あるいは人為的に)選択されうることを示している。
[編集] キツネに関係する言葉
[編集] ことわざ・慣用句
- きつねにつままれる
- きつねに化かされること。出来事の意外さにぼんやりすること。
- 虎の威を借る狐
- 実力者の威光を借りていばること。中国の古典「戦国策」より。
- 狐の子は頬白
- 子が親に似ていること。「かえるの子はかえる」などと同義。
- 狐に小豆飯
- 好きなものを目の前に置けばすぐ手を出すことから、油断のならないこと、危険なこと。
- キツネは尾でわかる(The fox is known by his brush.)
- 英語のことわざ。人にはそれぞれ特徴がある、という意味。
- A quick brown fox jumps over the lazy dog.
- 「すばやい茶色のキツネがのろまなイヌを飛び越える」英語のpangram(各文字をなるべく一度ずつ使った文。日本語で言う「いろは」)にもきつねが登場する。ただし、これはaやoが2回使われている。
[編集] 怪異
- 狐憑き
- きつねの霊が人間にのりうつること。精神錯乱のような状態。
- 狐火(狐の提灯、狐の嫁入り)
- いわゆる鬼火。きつねが口から吐く火らしい。「狐の嫁入り」は狐火が複数並んで嫁入り行列の提灯のようにみえるもの。空は晴れているのに雨が降ることも「狐の嫁入り」という。
- 九尾狐(きゅうびこ)
- 尾が9本に分かれた狐。日本語風に「九尾の狐(きゅうびのきつね)」とも。本来は中国の伝説の霊獣であったが、日本にも妖怪のようなものとして伝説が残っている。
- 天狗(あまつきつね)
- 火球、すなわち、流星の大きなもの。天狗(てんぐ)のルーツの1つ。「日本書紀」巻23、舒明天皇の条の9年(637年)に記載がある。
- 九年の春二月の丙辰の朔にして戊寅に、大きなる星、東より西に流る。すなわち音ありて雷に似たり。時の人の曰く、「流星の音なり」といふ。また曰く、「地雷(つちいかずち)なり」といふ。ここに僧旻僧(そうみんほふし)が曰く、「流星に非ず。こは天狗(あまつきつね/あまつととね)なり。その吠いる聲、雷に似たらくのみ」といふ。
- (舒明天皇9年2月23日戊寅(637年3月24日)、大きな星が東から西に流れた。すぐに雷のような音がして、人々は流れ星の音だと言い、また雷だと言った。渡来人の子孫で当時一級の知識人であった僧旻法師によれば、「これは流れ星ではなく、天狗(あまつきつね)というもので、雷鳴のような声で鳴く」とのことであった)
- 僧旻の言葉は、おそらく「史記」の「漢書」、あるいは「五雑爼」の説をふまえたものであろう。「漢書」には、「流れ星のうち音がするものを天狗というが、これは流れ星が落ちたところには狗のような生き物がいるからである」とあり、「五雑爼」も同様の説をなしている(同じ「史記」でも「天官書」には「天狗星」について少し違った記述がある)。
[編集] ゲーム
- 狐拳(きつねけん)
- いわゆるじゃんけんのようなもの。両手を開いて耳の横に掲げるのが「狐」。庄屋に勝つ。ひざの上に両手を置くのが「庄屋」。鉄砲に勝つ。左手を握って前に出すのが「鉄砲(狩人)」。狐に勝つ。籐八拳(とうはちけん)、庄屋拳(しょうやけん)とも呼ぶ。
- キツネとガチョウ(fox and greese)
- ふたりで遊ぶボードゲーム。1個のキツネの駒と17個のガチョウの駒がある。盤上を交互に動き、キツネはガチョウを12個捕ったら勝ち、ガチョウはキツネを動けなくしたら勝ち、というゲーム。
- フォックスハンティング
- 狩猟のキツネ狩りになぞらえた、電波発振源を特定する遊びまたは競技。電波発信源を特定するために、無線技術を利用する。
[編集] 生き物の名
[編集] 文学・音楽・映画などの芸術作品
- 王子の狐
- 落語。美女に化けた狐を男が逆に化かすという滑稽噺。
- ごんぎつね
- 新美南吉が書いた童話。「ごん」というきつねが主人公。村人の兵十にいたずらしたごんは…。やさしい言葉で書いた絵本があり、子供でも読める。
- 手袋を買いに
- 同じく新美南吉の童話。手袋を買いにでた子ぎつねの話。一部の国語の教科書にも掲載された。
- 利口な女狐の物語
- レオシュ・ヤナーチェクのオペラ。
- イソップ童話
- 「カラスとキツネ」「酸っぱいブドウ」はじめ、多くの話にキツネが登場する。
- キタキツネ物語(映画)
- 1977年に公開されたサンリオ映画。
- 子ぎつねヘレン(映画)
- 北海道在住の獣医師で作家の竹田津実原作の小説「子ぎつねヘレンがのこしたもの」の映画化作品。2006年3月に劇場公開。河野圭太監督作品。配給は松竹。
- おれたち、ともだち!(絵本)
- 内田麟太郎(作)、降矢なな(絵)の絵本。オオカミとキツネの間の友情を描く。
[編集] キャラクター
- 狐耳…体型は人間だが狐の耳(時には尻尾)を持っている架空の亜種。
- 九曜(『ロザリオとバンパイア』)
- ゾロリ(『かいけつゾロリ』シリーズ)
- つねきち(『どうぶつの森』)
- テイルス(『ソニック』シリーズ)
- 長谷川千雨(『ネギま!?』、スカカード発動時)
- フォクすけ(Firefoxマスコットキャラクター)
- フォックス・マクラウド、クリスタル、ジェームズ・マクラウド(『スターフォックス』シリーズ)
- レナモン、キュウビモン、タオモン、サクヤモン(『デジタルモンスター』)
- ロコン、キュウコン(『ポケットモンスター』)
[編集] 料理
- きつねうどん・きつねそば(きつね (麺類)を参照)
- 甘辛く煮た油揚げを乗せたうどんやそば。いなり寿司と同様、キツネの好物が油揚げだとされていることに由来する名称。1893年(明治26年)創業の大阪・船場のうどん屋、松葉家がいなり寿司から着想を得て考案したと伝えられている。
- 大阪では油揚げを乗せたうどんをきつねと称する。一方、 京都や東京などでは油揚げなどを乗せたうどんをきつねうどん、そばをきつねそば(大阪でいう「たぬき」)と称する。また、信太の葛の葉狐にちなんでしのだうどん、しのだそばとも呼び、名古屋などでは一般的な名称である。
- きつね寿司
- いなり寿司のこと。共通語としては現在では稀 。また、しのだ寿司とも呼ぶ。
- きつね丼
- 刻んだ油揚げをねぎなどと甘辛く煮て、ご飯に乗せた丼。きつね飯ともいう。大阪では多くの場合鶏卵でとじたものを呼ぶが、京都ではこれを衣笠丼と称する。卵でとじる場合は蒲鉾を加えることも多い。なお、油揚げを入れず、蒲鉾のみを卵でとじた丼は木の葉丼と呼ぶ。家庭で料理されるほか、うどん屋などのメニューに見られる。
- きつね色
- きつねの体色のような淡い黄色と思われているが、実際は濃い茶色。料理でおいしそうな焦げ目の色として、こんがりと共によく使われる表現。
[編集] その他
- キツネ目
- きつねのように細く、目尻がつり上がった目のこと。グリコ・森永事件に際してキツネ目の男が重要参考人とされたことで広く知られる表現となった。
- キツネ顔
- 狐を連想させるような細面で切れ長の目の顔立ち。弥生系の顔。対義語は狸顔
- 観光用のキツネの放し飼い飼育施設
- 北海道北見市留辺蘂町(旧常呂郡留辺蘂町)には、温根湯温泉の温泉街の近くに北きつね牧場が、石北峠に近い国道39号沿いには北海道きつね村・トナカイ観光牧場とくまがい北きつね牧場がある。また、宮城県白石市には、蔵王連峰の山麓に宮城蔵王キツネ村があり、いずれも全国各地から大勢の観光客が訪れる。
[編集] 外部リンク
- 全狐連: きつね辞典より抜粋
- 全狐連: 狐の辞典
- 稲荷神社とキツネくん
- 北きつね牧場(北海道北見市留辺蘂町の温根湯温泉にある)
[編集] 関連書
- 松村潔 『日本人はなぜ狐を信仰するのか』 講談社現代新書 講談社 ISBN 4-06-149829-0

