ひがしのひとし

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ひがしのひとし(本名 東野人志、別名 東野ひとし)は、1960年代から活動しているフォークシンガー京都で古川豪、高田渡、中川五郎らと親交を深める。

1970年代初頭に、中津川フォークジャンボリーに参加して、“ハナゲの唄”を歌う。同じく参加していたなぎらけんいちは、“教訓Ⅱ”を歌った。そして、飛び入り参加者の中でふたりは注目を集める。この模様は、『中津川フォークジャンボリー1971』(ベルウッド)に両者とも収録されている。(友川かずきも同じく飛び入り出演したが、アルバム収録には選ばれなかった。)

URCレコードから、大量のアーティストが移籍した後も、古川豪とともに残留して、宮里ひろし、小林隆一郎、中島光一、よしだたかしらを発掘しデビューにつなげている。

1975年URCレコードから『マクシム~無頼のシャンソニエ』でアルバムデビュー。収録曲“シャンソンを歌おう”では古川豪がバンジョーで参加。その他に、豊田勇造、江間あんぬらがバッキングして、シャンソンをテーマにしつつも、ジャジーでシニカルな、フォークソングを展開している。いる。ジョルジュ・ブラサンスや西岡恭蔵の作品も取り上げられている。また、オムニバスアルバム『関西フォークの歴史』、『関西フォークの歴史2』『続関西フォークの歴史』(ともにURCレコード)の編纂に関与。ハナゲの歌(スタジオバージョン)、こがねの雨(新録)を収録。

1977年には、セカンドアルバム『初めてのシャンソン』(URCレコード)をリリース。屁負比丘尼(へおいびくに)など、インパクトの強いナンバーを収録。また、毎日放送(MBS)で、ラジオ番組パーソナリティレポーターを務めた。

2000年代初頭、サードアルバム『水の記憶』(2003年 オフノート)を発表した。高田渡や、なぎらけんいちにくらべると、知名度が低いので、作品の内容のわりに評価が低い存在。

ひがしのひとし・古川豪・宮里ひろし・渡辺勝・オクノ修・中川五郎・藤村直樹などとオムニバスアルバムのフォークパルチザン『瓶の中の球体』(オフノート)をリリース。小川のほとり、学校で何を習ったの(高石ともやの作品のカバー曲。)などを収録。

古川豪、中山ラビ、豊田勇造、三浦久らと、『七夕コンサート』を毎年ひらいている。

[編集] ハナゲの唄

  • また、“ハナゲの唄”は、ひがしのひとしの作詞作曲で、山本厚太郎のグループ・ソルティーシュガーがカヴァーして(アルバム『茶歌集』(ソウルフィット)に収録。)、小ヒットしていた曲。

[編集] 関連人物・項目

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