くもとちゅうりっぷ
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| くもとちゅうりっぷ
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『くもとちゅうりっぷ』は、1943年4月15日に公開された日本の白黒アニメーション映画である。原作は横山美智子の童話集『よい子強い子』(1939年、文昭社)の中の一編。
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[編集] 概要
1943年に松竹動画研究所(当時)によって制作された白黒アニメーション作品。太平洋戦争中に日本で制作された貴重な国産アニメである。紅系2巻、426m。全16分。
制作された当時は戦争の真っ只中であり、完成された作品も大阪の映画館1館のみで上映された。戦時中に多く作られた明らかなプロパガンダ目的の国策映画ではなく、童話のような教訓をミュージカル仕立てで描いている点で特異な作品である。ただし、擬人化されたてんとう虫の女の子は、いかにも日本人的な顔立ちと体型で童謡調の歌を歌っているのに対し、それをつけ狙う手足の長い悪役のクモはカンカン帽とマフラーを身につけ、パイプをくわえてオペラ調で歌っていることから(外見上はアフリカ系人物のデフォルメの様にも見える)、てんとう虫の女の子は日本を、クモは欧米などの外敵を隠喩していると解釈することもできる。
予算の都合で、セル枚数が限られており、描いては消し再び描いては消してという地道な努力がなされているという。
注意 : 以降に、作品の結末など核心部分が記述されています。
[編集] ストーリー
花畑を舞台とし、てんとう虫の女の子とクモとの追い掛けっこが物語の軸となっている。
樹の上にクモの巣を張り、その前にあるハンモックへ誰かを乗せようと辺りを見回したクモは、歌を歌う女の子を見つけ「ハンモックへ乗って遊ばないか」と誘う。てんとう虫の女の子は「ありがとう」としながらも「陽が落ちて、三日月さまが出たから遊ばない」と断りクモと別れる。諦めきれないクモは糸を巧みに操りながら執拗にてんとう虫を追いかけ続け、危険を察したチューリップは花の中にてんとう虫を引き入れてかくまう。そのことを知ったクモはチューリップを大量の糸でグルグル巻きにして、てんとう虫が外へ出られないようにしたうえでハンモックへ戻り、眠ってしまう。しばらくすると大粒の雨が降り出し、やがて雷鳴と強風の嵐へと変わり、ハンモックは風で飛ばされ、クモの巣も半分が失われた。糸を掴んで飛ばされずに済んでいたクモも巣を修復している最中に飛んできた枝に当たって遠くへ飛ばされ、別の樹へたどり着く。そこでミノムシの子供から蓑を奪い取って嵐が通り過ぎるのを待とうとするクモであったが、身に付けた際に足が蓑の中に隠れて身動きが取れなくなったうえ糸を操ることもできなくなり、遠くへ飛ばされて水の中へ没する。
嵐が過ぎ去り太陽の陽が輝く花畑では、チューリップの中にいたため難を逃れたてんとう虫が外へ出て、再び歌い始める。樹の上にクモの姿はなく、陽に照らされて雨露が輝く半分のクモの巣だけが残されていた。
[編集] スタッフ
- 企画:熊木喜一郎
- 原作・作詞:横山美智子
- 演出・脚本・撮影:政岡憲三
- 撮影補助:本庄吉雄
- 動画:桑田良太郎、熊川正雄、土井研二、山本三郎、木村阿弥子
- 背景:村上博彬、岡本庚
- 編集:吉村祥
- 作曲・指揮:弘田竜太郎
- 演奏:松竹交響楽団
- 歌:村尾護郎、杉山美子
- 録音:東亜発声株式会社
[編集] その他
- 手塚治虫は、ディズニー映画と共に本作の影響を受けてアニメ制作に関心を持ったと言われている。また、それ以外にも多くのアニメーターの信奉を受けた作品である。
- 『探偵ナイトスクープ』「幻のアニメ」の回(朝日放送で2003年6月6日に放送)に於いて本作が映像と共に紹介され、動画マンの故・土井研二の子息や当時のスタッフ仲間であった熊川が出演した。
- この作品の芸術性に対する評価が確立されて以降、ゆふいんこども映画祭(2005年)などイベントで上映されることがある。
- 松竹株式会社ビデオ事業室(松竹ホームビデオ)から『桃太郎 海の神兵』と本作が収録されたビデオが1992年1月に発売された。また、2004年にはアニドウ(ANIDO)から『くもとちゅうりっぷ 日本のアニメーションの父 政岡憲三作品集』と題された2枚組DVDが発売され、本作も収録されている。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- jmdb - くもとちゅうりっぷ
- Kumo to chûrippu - Internet Movie Database
- その時歴史が動いた ~戦火の中でアニメが生まれた~
- 白夜館 - くもとちゅうりっぷ

