きりしま (列車)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

きりしまとは、九州旅客鉄道(JR九州)が宮崎駅霧島神宮駅国分駅鹿児島中央駅間を日豊本線鹿児島本線経由で運行するエル特急

俗に、『純きりしま色』と呼ばれる車両
一般的にはこちらの塗色で運行される

目次

[編集] 運行概況

基本的には、鹿児島中央駅が運行の主軸となっている。沿革にある通り、設定当初は宮崎~鹿児島の都市間輸送を主体としていたが、2004年(平成16年)の九州新幹線開業に伴い、霧島神宮駅や国分駅止まりの列車を新たに設定(増発)したことから、従来の宮崎と鹿児島の都市間連絡に加え、観光誘致と鹿児島都市圏の通勤・通学輸送の側面も持つようになった。2006年3月18日のダイヤ改正で、宮崎駅発着列車は1号から、霧島神宮駅・国分駅発着列車は101号からの符番に変更されたことで(それ以前は鹿児島中央駅の発着順に1号から符番していた)、両者の棲み分けはより明確になったと言える。2007年3月18日のダイヤ改正では100番台の列車をさらに80番台に変更している。

なお、宮崎空港線輸送における特例である、宮崎駅~南宮崎駅間の特急券不要の例外規定は当列車にも適用される。また鹿児島中央駅~国分駅間は、営業キロが50km未満であるため、自由席特急料金はJR九州の制度に従い300円と安価に設定されている。

ちなみに「きりしま」は1995年に宮崎駅~西鹿児島駅(現:鹿児島中央駅)間の特急として設定されて以降、臨時列車も含めて485系電車以外の車両が用いられたことがなく、2007年3月現在JR九州管内を運行する電車特急の中で唯一、民営化後に新製投入された車両での運行実績がない。このことは、宮崎地区の車両更新の遅れを如実に示しているといえる。(なお同区間については、787系による臨時列車の運転実績はある)

宮崎~鹿児島間では宮崎交通高速バス「はまゆう号」との競合にさらされている。経路こそは異なるが、宮崎~鹿児島間の運賃・所要時間面では圧倒的な差をつけられている。

[編集] 運転本数

  • 宮崎駅~鹿児島中央駅:8往復(1~16号)
  • 霧島神宮駅~鹿児島中央駅:2往復(87・89号、86・88号)
  • 国分駅~鹿児島中央駅:4往復(81~85・91号、82・84・90・92号)

[編集] 使用車両

[編集] 列車編成

  • 1・7~11・15号、2・4・12~16号
鹿児島中央← →宮崎
1 2 3 4 5
  • 3・5・13・81~91号、6~10・82~92号
鹿児島中央← →宮崎・
霧島神
宮・国分
1 2 3

号車番号がこの字体→禁煙車 この字体→喫煙車

緑枠→グリーン車 白枠→普通車 指→指定席 自→自由席

※一部自由席が増加する列車がある。

[編集] 停車駅

宮崎駅 - 南宮崎駅 - 清武駅 - 都城駅 - 西都城駅 - 霧島神宮駅 - 国分駅 - 隼人駅 - 加治木駅 - 帖佐駅 - (姶良駅 - 重富駅 - )鹿児島駅 - 鹿児島中央駅

  • 帖佐駅は霧島神宮駅・国分駅発着列車の全てと1・14・16号のみ停車。
  • カッコ内の駅は1号と国分駅発着列車の一部のみ停車。

[編集] 普通列車よりも遅い特急列車

  • 同列車のうち、霧島神宮・国分~鹿児島中央間発着の区間運転の列車については同区間を走る普通列車と所要時間に大差がなく、時間帯によっては全区間通しで比較しても普通列車より遅い便が存在する。さらにこのうち数本は同区間において同時間帯を走行する先発の普通列車よりも数分引き離されるか、後発の普通列車よりも数分追いつかれる逆転現象が生じている。この現象は伊豆急行線北近畿タンゴ鉄道宮津線などの私鉄乗り入れ区間や、線区を限定して見れば起こりうる現象であるが、運転される全区間を通して見ても普通より遅い便が設定されているケースは極めて珍しい。このため、この区間での速達性は度外視されていると言っても過言ではなく、観光誘致や、着席サービスのためのホームライナーとして運転する目的で運転されていると考えられる。

[編集] 沿革

[編集] 九州連絡列車「霧島」・「きりしま」

東海道本線優等列車沿革及び山陽本線優等列車沿革の項目も参照のこと)
  • 1952年(昭和27年)より、東京駅鹿児島駅間を東海道本線山陽本線鹿児島本線経由で運行する急行列車「きりしま」として運行開始。また、姉妹列車として、「筑紫」(つくし)が運行される。
    もともとは、1942年(昭和17年)の関門トンネル開業に際して東京駅~鹿児島駅間で運行を開始した急行列車「7・8列車」に由来するとも言われる。「きりしま」は山陽本線に夜行運転となるが、「筑紫」は東海道本線と鹿児島本線とで夜行運転をしたため、1列車が2回夜行列車として運行された。
  • 1956年(昭和31年)、「きりしま」、漢字名称の「霧島」に改称。また、「筑紫」列車名を「さつま」に変更。
  • 1958年(昭和33年)、「さつま」を寝台特急列車に昇格。「はやぶさ」となる。
  • 1967年(昭和42年)、「霧島」運行区間を東京駅~西鹿児島駅(現:鹿児島中央駅)間に短縮。
  • 1970年(昭和45年)、東京駅~西鹿児島駅間急行列車の名称を「霧島」から「桜島」に変更。「霧島」名称をひらがな表示の「きりしま」に変更し京都駅~西鹿児島駅間を東海道本線・山陽本線・鹿児島本線経由で運行する寝台特急列車の名称になる。
    なお、「桜島」自体は1975年のダイヤ改正時に行われた東京駅発着の九州・山陽方面夜行急行列車廃止まで運行される。
  • 1975年(昭和50年)、山陽新幹線博多駅乗り入れに伴い、「きりしま」の名称を「なは」に変更。
  • また、1990年(平成2年)より1994年(平成6年)まで寝台特急「なは」の臨時列車として新大阪駅~西鹿児島駅間を東海道本線・山陽本線・鹿児島本線経由で運行した寝台急行列車の名称として使用された事もある。その際、漢字名称の「霧島」を使用し、20系客車を使用した。なお、後述の「きりしま」運行開始後の1995年(平成7年)には「桜島」の名称を使用し、1996年(平成8年)夏末まで運行された。この臨時列車は20系客車を使用した最後の営業列車の一つでもあった。
  • また、「桜島」の名称は1985年(昭和60年)から1990年(平成2年)まで博多駅~西鹿児島駅間を急行「かいもん」の臨時列車として24系25形客車を使用した臨時寝台特急列車として使用された。

[編集] 宮崎~鹿児島連絡列車「錦江」・「きりしま」

快速「錦江」(1994年3月、宮崎駅
  • 1960年(昭和35年)、西鹿児島駅~山川駅間を指宿枕崎線経由で運行する準急列車「錦江」運行開始。
  • 1961年(昭和36年)、「錦江」宮崎駅まで延長。
  • 1966年(昭和41年)、「錦江」急行列車に格上げ。
  • 1968年(昭和43年)、「錦江」指宿駅発着列車を増発。
  • 1975年(昭和50年)、「錦江」4往復増発。
  • 1979年(昭和54年)、「錦江」1往復減の上、指宿枕崎線乗り入れを1往復にする。
  • 1980年(昭和55年)、「錦江」指宿枕崎線乗り入れ終了。宮崎駅~西鹿児島駅間を運転する快速列車となる。
  • 1995年(平成7年)、「錦江」を名称上廃止し、エル特急「にちりん」の宮崎駅以南を運行するエル特急として「きりしま」を設定。
  • 2004年(平成16年)、九州新幹線開業と共に、霧島神宮駅国分駅発着列車を設定。
    但し、九州新幹線の乗り継ぎ割引が設定されていないことから、観光誘致と鹿児島都市圏の通勤・通学輸送の側面が大きくなった。

[編集] 関連項目

ことばこって?

「ことばこ」は、歴史の人物から最先端テクノロジーまで、なんでも調べられるオンライン百科事典です。ウィキペディア財団が運営を行なっているwikipedia.orgから引用をしています。

おススメサイト
トラブログ
アレどう?
アフィリエイトB