あいおい損害保険
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| 種類 | 株式会社 |
| 市場情報 | |
| 本社所在地 | 東京都渋谷区恵比寿1-28-1 |
| 設立 | 1918年(大正7年)8月24日 (東京動産火災保険) |
| 業種 | 保険業 |
| 事業内容 | 損害保険 |
| 売上高 | 1兆0,083億円(2004年度・単体) |
| 外部リンク | www.ioi-sonpo.co.jp |
あいおい損害保険株式会社(あいおいそんがいほけん、英称:Aioi Insurance Co.,Ltd)は、日本の損害保険会社である。2001年(平成13年)4月に大東京火災海上保険株式会社と千代田火災海上保険株式会社が合併して誕生した。また両社の生命保険を扱う子会社も同時に合併し、あいおい生命保険株式会社が誕生している。 トヨタグループの一員である。
目次 |
[編集] 合併前の2社の概要
[編集] 千代田火災海上保険
- 1913年 - 門野幾之進ら千代田生命保険関係者の手により、千代田火災保険が設立。
- 1945年 - 大倉財閥系の大倉火災海上保険と合併し、大倉千代田火災海上保険となる。
- 1946年 - 千代田火災海上保険に改称。このため、千代田生命と共に慶応閥の強い会社と言われた。
- 1959年 - 千代田生命とともに東海銀行(現・三菱東京UFJ銀行)、トーメン(現・豊田通商)と提携。
以降、この4社に中央信託銀行(現・中央三井信託銀行)、トヨタ自動車等が加わった企業グループ「さつき会」の中核企業となり、特にトヨタとの関係は年々緊密化する。1996年の恵比寿移転後はトヨタ資本が強まり、完全にトヨタグループの損害保険会社となっていた。
[編集] 大東京火災海上保険
法手続上の前身会社。いわゆる動産三社の一角。社章は半鐘。野村證券が大株主で、広義の野村グループに含まれていた。このため、大和銀行(現・りそな銀行)の「大輪会」に参加していたが、メインバンクは三和銀行(現・三菱東京UFJ銀行)であり、「みどり会」にも参加していた。
[編集] 不祥事
2005年9月27日、損保16社による保険金の不当な不払いが大量にあったことが発覚。同社はその16社の中に含まれていた。その後の2005年11月25日、新たに加えられた10社を含めた26社の内の1社となり、金融庁から業務改善命令を受けることになった。なお、この時に判明した不払い件数は29,256件、総額11億7,934万円であった。<ref>金融庁 平成17年11月25日「損害保険会社26社に対する行政処分について」保険業法第132条第1項等の規定に基づく命令(業務改善命令)</ref>
2006年9月29日、同年8月11日に金融庁から指示された再調査の結果が発表される。前回の調査内容を除いた上で39,139件、14億6,940万円もの不当な不払いがあった事が判明した。なお、前回の調査結果と合わせると68,395件、26億4,875万円という結果になる<ref>あいおい損害保険 2006年9月29日 保険金のお支払いに関するお知らせ(PDF)</ref>。
その後、損保業界で第三分野保険の不当な不払いがあった事が判明。同社は2006年10月31日にこれに関連する不払いの調査結果を発表。この時点で第三分野保険では470件、1億4,500万円もの不当な不払いを行っていた事が分かっている。<ref>あいおい損害保険 2006年10月31日 第三分野商品に係る保険金のお支払いに関するお知らせ</ref> これを受け、金融庁は2007年3月14日付けで、同社に対して業務改善命令と共に第三分野保険商品の新商品認可申請などを同年3月15日から1ヶ月間禁じる(一部業務停止命令)という処分をくだした。<ref>損害保険会社10社に対する行政処分について - 金融庁</ref>
このほか、2006年12月10日に2×4工法の建築物に対する火災保険料を取りすぎていた問題が発覚している。
さらに同社に加入していた男性がイモビライザー付き車両が盗難され保険請求をした際に「共犯ではないのか」とした理由で支払いを拒否するケースもあった。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
[編集] 脚註
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